暫時を唄う御伽噺

□潮騒と花びら
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 故郷である王都レグヌムに足を踏み入れたのは久々だった。
 ここまで来たのは家族に会うためじゃあない。家族と会うのは、もっとデカイ顔ができるようになってからだろう。
 なら、どうしてレグヌムに来たのか?
 オレがここに来たのは―――。 



 潮騒と花弁



「ルカ!」
 待ち呆けて地面の隅に咲いている花を眺めていたルカを呼ぶ。
 振り返り向けられたその笑顔に、どうしようもなく胸が躍る。
「スパーダ、久しぶり。やっと会えた……嬉しいよ」
「ああ、オレもだぜ」
 喜びに身を任せて、オレはハグをした。


 しばらくの間会っていなかったルカは、いつの間にか以前のような少年らしさはすっかり消え、青年へと変わっていた。(背も伸びたが、辛うじてオレより低い)
 少年だった頃は可愛かったが、今では綺麗という表現がよく合う。青年とは言うが、元々女顔なのが手伝って角度によっては美女に見えた。
 プラチナアッシュのさらさらと風になびく髪と、翡翠の色を持つ大きな目が、見る者に清潔感を与える。
 我が恋人ながら最高だぜ、と心の中で讃美した。


「スパーダ、とりあえずどこかに入らない?」

「ん? そうだな……じゃあ宿に行っていいか?」
「え? あ、そっか。実家には行かないんだね」
「当たり前だろ。オマエん家に泊まってイイなら、宿じゃなくても……」
「宿がさ、前よりも綺麗になったんだよ」
「…………」
 スルーされたのが丸分かりで、つい溜息が出る。
 オレはルカの両親に恋人だと正直に宣言したいが、ルカがそれを許してくれない。
 恥ずかしいってのと、親にオレたちの関係を否定されるかもしれないという不安のせいだ。
「……ねぇ、スパーダ。君はリカルドとかと連絡、取ってる?」
「そりゃ、取ってるぜ。直接は会えねぇけどな」
「そっか……」
「どうしたんだ?」
 ルカは立ち止まって首を横に振る。その表情は寂しげだ。
「みんなと会いたいなぁ……って。1人1人と会うんじゃなくて、全員揃ってさ」
「そうだな。そん時は、恋人宣言してーなぁー」
 ちらっとルカの方を見る。ルカがうん、と言って笑ってくれた。
 両親に紹介するのは嫌そうなルカだが、仲間に堂々宣言するのは良いらしい。
 まぁ宣言とは言っても、オレたちの関係は隠しているつもりでも知られていたから、今さらって感じもあるんだろう。
「お前は勉強、頑張ってんだな」
 唐突にそんな話題を振ってみる。
 急な話題の変化にちょっと動揺したようだったが、ルカはすぐに切り替えた。そして誇らしげになる。
「あはは、分かる? ……昔はさ、義務的にやってる部分もあったけど、今は勉強するのが本当に楽しい……ってのは変だけど、夢があるから、すごく頑張れるんだ」
 そう言うルカは、自信に満ち溢れていた。これはあの旅で培ったものだ。
 その自信は親に対しても発揮されたようで、医者になりたい、と父親に面と向かって伝えられた。
 本音を打ち明けられた父親は拍子抜けするほど簡単に認めてくれたらしい。そして後押ししてくれたとも。
「スパーダも、頑張ってるね」
「……そうかァ?」
 まさか『頑張っている』という言葉がオレに返されるとは思わなかった。
「そうだよ」
「何でそう思うんだよ」
「うーん……顔つきとか、雰囲気?」
 無邪気な笑顔を浮かべたルカがオレの顔を覗き込んでくる。
 ……変わったのはルカだけじゃない、ってコトか。
「あ、それとね」
 ルカがにこにこしながら言葉を続けた。
「スパーダから、潮の香りがするかも」
 実際に潮の匂いがするかは分からない。ただルカは、オレの雰囲気とかから、潮の匂いがする気がしているのかもしれない。
「そ、そんな臭うか?」
「良い香りだよ。ここには滅多にない香り……」
 それは仕方ない。王都に潮の匂いを伴ってやってくる人間はそういないだろう。
 ルカが近づけていた顔を離そうとしたが、それを腕を掴んで止めた。
「……お前は花の匂いがする」
 お返しのつもりで、オレもルカの覗き込む。するとルカは顔を赤くした。
 ああクソッ、可愛いなぁ……と思わずにはいられない。
「そんなの、するかな……」
「する。ホント良い匂いだぜ」
「…………」
 口元を隠すように片手を宛がい、目を逸らしたルカは可愛いとしか言いようがない。綺麗になっても、仕草に可愛らしさが残っている。
 恥ずかしそうに目線を外していたルカだったが、しばらくして、オレと目線を合わせた。
 そしてはにかんで……、
「―――〜〜〜!?」
 ハグをした。
 掴んでいたオレの手を控え目ながらに外し、オレを抱き締めたのだ。
 常にオレからするばかりだったハグを何の兆しもなくされて、固まってしまう。
「スパーダ……大好き」
 囁くように告白され、身体が熱くなった。
 いつもオレが言うだけで、言われた事はあまりなかった。
「僕のために来てくれて、ありがとう」
 人目を憚らず頬にキスをされる。
 キスをされた部分にもっと熱が溜まった気がする。これは色々と(特に理性が)危ない。
「……ルカ……」
「何?」
「……不意打ちすぎる」
 オレの嬉しい戸惑いなんて知ったものかとばかりに、ルカは蕾が綻ぶような柔らかい表情で咲う。
 一緒にいると巻き込んで散らせてしまうのではないかと不安になるほど、花のように美麗だ。
 不安になってはしまうが……絶対に、手放したくない。
「ルカ……今夜は期待してイイのか?」
 拒否されるのを前提に訊ねてみる。
 ルカは再び顔を朱に染めたが、少し間を置いてから、こくりと頷いた。
「……スパーダがしたいなら……宿でだよ」
「ああ、もちろん」
 話が纏まると、オレたちは曖昧に笑みを向け合った。
 今になってお互いに軽く羞恥が湧いて来たのだ。
 ふと、周囲の視線が集まっていることに気付く。……人前で抱擁したりキスしたりしたから注目されるのは当然か。
「―――行くか」
「うん」
 促すと快諾を返される。
 ここまでしたら他人の目を気にするのもバカらしくなったのか、ルカはオレの手を取って繋いだ。ルカの体温が繋がった手から伝わる。
 ……ルカの両親に紹介される日も近いだろう。


 ルカと距離を縮めたその瞬間、どこからか―――潮と花の香りがした。



END

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