暫時を唄う御伽噺

□Courtship
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 お父さん、お父さん、お父さん……。

『お父さん』

 それは自分に至福をくれた響き。
 親を知らず、育ててくれた人とも早くに死別した自分にとって、血の繋がりが確かに存在する家族の存在は大きかった。

 家族というものに戸惑ったこともあった。それでも無邪気に笑いかけてくる息子とその子を抱く妻は何物にも代えがたい。
 時間の経過で息子は逞しくなり、新しく我が子が増えていた。それらも含めて、また一緒に居られる事は嬉しかった。

 だから、最初こそ父と呼ばれる事を懐かしく思いながらも、昔とは違う真新しい感覚があるのも嬉しかったのに、最近は疑問ばかり浮かんでしまう状態だった。



Courtship



「で、貴様はそんな愚痴を言いに来たのか」
「愚痴とか、そんなつもりは……」
「俺は貴様のお悩み相談所じゃない。そんなに聞いて欲しければ教会にでも行け」
 別に懺悔したいワケではない、と言い返そうとするが、返したところで怒られるのは目に見えている。
 ベジータの事だからマトモに取り合ってはくれないだろうと思っていた悟空は、珍しく話に付き合ってくれるだけでもベジータにしては意外だな、と思う。
 しかし話を進めていくにつれて、少しずつ怒っているような気もしていた。
「貴様の家族内悶着など知るか。自分で解決しろ」
「うぅ……でも、オラ、夜這いっちゅうんか? そーゆーのもされて……」
「夜這い……」
 その厭らしく、普通の父子の間には有り得ない単語にベジータも固まる。
 そんなベジータを気にも留めず、悟空は最近の悩みの種を暴露する。
「風呂に入る、ってとこまでは、オラも良かったぞ。けど、どんどんどんどん……」
 手がどこに回されるだとか、告白と共にキスされるだとか、襲われて服剥がれるだとか、そういった話に行ってしまう。
 眉間に皺を寄せながら話に耳を傾けていたベジータは、チッと舌打ちをした。 
「苛々する……」
「へ?」
 ベジータの苛立ちの訳を知らない悟空はポカンとした。
 そんな表情の一つすらもベジータを苛立たせ、また惹きつける。悟空は息子の事で悶々としていたが、ベジータは悟空の事で悶々としたい気分だった。
「ならはっきり言ってやったらどうだ。もっと節度を守れと」
「……あんま言うと、アイツ……」
 僕の事、嫌いなんですか? って聞いてくんだよ、悟飯のやつ……。
 項垂れる悟空。悩みの根源は、長男の悟飯だった。
「嫌いじゃ、ねぇ。好き。好きだけど……なんか、何か違う気がすんだ」
「……悟飯の貴様に対する愛は、親子ではなくて恋愛感情だからだろう」
 そうなれば、悟空と悟飯のお互いに持つ愛情にはすれ違いが出来る。
 今の悟空は悟飯に対して抱いているのは、恋愛感情より親子愛の方が強い。
 悟空が感じている違いは、愛情の形の差だった。
「恋、愛……? えぇっと、それって……」
 赤くなったかと思えば、青くなる。
 そんな悟空の表情の変化を楽しみながら、さらに追い打ちをかけた。
「悟飯が貴様に一番求めるのは、自分と同じ恋愛感情、『恋人』の関係だ。親子じゃない。そういう好意に応えられないようなら、嘘でも嫌いと言ってやれ。『親』として想うならな」
 悟空の頭がショートするのは目に見えていたが、相手に言葉を挟ませないで続けた。
 ベジータが言った両極端な『悟飯に応えて恋人になる』と『あくまで親子を突き通す』ばかりが答えではない。他にも対応の仕様は探せば見つかるだろう。
 だが敢えてその二つを出したのは、ベジータの中の好きな子ほど苛めたい精神がこんな時に発揮されたからだ。ややこしい感情だとベジータ自身思う。
「『親』……『恋人』……」
 案の定、悟空は頭を抱えた。
「なんで、オラのこと……オラに、」
 恋愛感情を抱くのか、それが理解できない様子だった。
 だがベジータから見ればよく解った。きっと悟飯の師であるピッコロも解っている。
 幼い頃に悟空を酷い亡くし方をしたのと、元々深かった愛情とが合わさり、歪んだ。その変容したものが今の悟飯が悟空に抱く愛情だ。
 その愛情が間違っていると否定する気は、ベジータには毛頭ない。しかし元の形から歪んだのは確かだ。
 他人に対して良くも悪くも真っ直ぐな感情ばかり抱いて来た悟空には、理解しづらいものだろう。
「―――あっ、」
 泣きそうになりながら抱えていた頭をパッと上げ、悟空は情けない顔をする。
 よく知った気が近付いてくる事に気付いたからだ。
「悟飯だ……! 悪ぃ、聞いてくれてありがとな!」
「おい、カカロット!」
 貴様がそうやって逃げるから、不安になって尚の事追いかけてくるんだろう、と瞬間移動で一瞬にして消え去った悟空に呆れを覚える。
(果たしてヤツは俺の所に来るか、来ないか……―――来ないだろうな)
 来るかもしれない、と思った。だが、やはりそれはない。
 ベジータという恋敵に頼るくらいなら、意地でも自分で追いかけて捕まえる。
 爽やかな見た目に反して嫉妬深く執念深い悟飯が、悟空との関係がどうなれば落ち着くのか、それはベジータでも予測不能だった。
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