【DS】TEXT

□想い出のサインは温かな、
1ページ/3ページ

想い出のサインは温かな、



 肌に吹きつけた秋らしい冷やかな風に、体がぶるりと震えた。
 もっと厚着してこれば良かった……、そう思ったのはくしゃみが出てからだった。
「ユズ……大丈夫?」
「うん、平気……」
 なんて言ってみたけど、やっぱり寒い。隣でアヤノが心配そうな表情をした。
 今日は久しぶりにアヤノと2人きりで街に出かけた。最近はちょっと忙しかったって言うか、アツロウにとられてたって言うか……そんな感じでなかなか一緒にいられなかったから、本当に楽しくて嬉しかった。
 好きな人と2人きりでいられるなんて、それだけで幸せ。
 幸せなんだけど……並んでたら「姉妹ですか?」って聞かれるんだよね……。制服だったり私服で男を主張すれば間違われることは少ないけど、「姉弟ですか?」としか聞かれない(背はアヤノの方が高いけど、童顔と雰囲気で弟に見えるらしい)。恋人には、見られないんだよなぁ……。悲しい……。ううん、でもやっぱり幸せ!
「ユズ?」
「え? 何っ?」
 幸せに浸かってみたり、悲しくなったり、また幸せを再認識したりと忙しなく感情をころころ変えていたら、表情も変わっていたらしく、アヤノが首を傾けて声をかけてくる。
「やっぱり寒い?」
 ううん、大丈夫! と返す前に、アヤノが顔をぐっと近付けてきた。驚きの声を上げることも出来ず、どきどきで顔が火照るのは分かった。
 実際はそれほど近くでもないけど、私にとっては十分に近距離にいるアヤノは、何やら悩むように私をじーっと見てから、私の両手を自分の両手で握った。
「!!!! え……え!? あ、アヤノ!?」
 何が何やら分からなくて、恥ずかしさと嬉しさで両手をばたつかせようとしたけど、肝心の両手がアヤノの手の内にある。提げていたカバンだけが小さな音を発した。
「なつかしい……」
「えっ?」
 アヤノの囁くような言葉に、下を向いていた真っ赤な顔を上げた。アヤノがどこか嬉しそうな表情を浮かべている。
「あのときは、……ユズがおんなじこと、してくれた」
「あの時……?」
 あの時って、いつだろう?
 恥ずかしさは疑問の影に潜めた。照れたままではまともに考えられない。結構まともに考えてみたけど、思い出せない。
 私の顔には「覚えていません」という言葉が書かれていたのかもしれない。アヤノが小さく笑んでから優しく教えてくれる。
「はじめて、会ったときのことだよ……」
「初めて……」
 そう言えば、いつ会ったんだろ? ずっと昔から一緒だったから、いつが最初の出会いなのかあやふやになってる。小学校のときから一緒にいたのは覚えてるけど……。
「……おれも、寒くなった。もう帰ろう?」
「あ……うん」
 寒さを訴えたアヤノは、私と同じで体を震わせていた。だけど、握られた手は優しい温かさがある。
 ……嘘でも、覚えてるって言った方が良かったかな……? さっきと変わらず笑んでいるアヤノを見て、何となくそう思った。でも、嘘はいけないよね、……嘘は。
「じゃ、帰ろっか」
 そのまま私たちは帰った。途中、私はアヤノと会った時のことを何とか思い出そうとしていた。でも、出会った頃の記憶がはっきりすることはなかった。
私が考えているのが分かったのか、アヤノは黙って家まで送ってくれた。アヤノこそ変質者に異様に好かれるから、本当は私がアヤノの家までついて行ってあげたいくらいだったけど、すぐ近くだからって言って足早に帰っちゃった。
「……暗い、なぁ」
 周りと空を見て、暗いと思った。
 もう夕暮れだ。そういえば、黄昏時って言うんだっけ。人の顔の見分けが難しくなった頃っていう意味だったような気がする。
「……ん?」
 うーん……今、何か思い出しそうだったんだけど……。
 ああ、もう。寒さが邪魔で考えられない、思い出せない! 外に突っ立ってる方がおかしいのよ!
「ただいまっ」
 ヤケクソに似た口調で家に入った。玄関から少し離れたキッチンから、休暇だったお母さんの「おかえり」という声が聞こえた。
 声の様子から、今日はちょっと機嫌が良いらしいことが分かる。ホッとした。
「恵乃君と一緒だったんでしょ? どうだった?」
 キッチンにいるお母さんから私が見える場所まで行く。こっちを見たお母さんの顔はやっぱり明るい。
「うん、楽しかったよ。ほら、これ」
 カバンから取り出した袋を開けて見せた物に、お母さんが微笑んだ。
「可愛いネックレスじゃない。恵乃君と選んだの?」
「そうだよ」
 アヤノといられて、お母さんもご機嫌。今日は最高の日だったと思う。
 ……でも、アヤノと初めて会った時のことは思い出せてない。それだけが気がかり。
 ベットで横になってさあ寝ようという時、天井を見つめた。じっと見て、考えてた。だけど欲しい記憶が浮かばない。
 考え込んでいるうちに、いつの間にか眠っていた。


***


 ―――その日、懐かしい日を夢で見た。幼かった頃の記憶。
 アヤノに初めて会った時の想い出……。

『おかあさん……おとうさん』
 ああ、そうだ……あの日は確か、この家と周辺を下見に来た日だ。生まれた時からここで暮らしていたワケじゃない。小学校に上がる前に、引っ越してきたんだ……。
 今と同じ秋の夕暮れ時、道に迷っている幼い自分がいた。きょろきょろと周りを見て、ぐずぐずしている。幼い私には、不慣れで薄暗い道はあまりにも怖かった。出口のない迷路に入り込んだ気持ちだった。
 家が立ち並ぶ場所から少し離れた道には、一定間隔で街灯が設置されていた。だけどその明りは頼りなく思えた。
『……ひっく……うっ……』
 我慢していた涙が溢れた。
 このまま、お母さんにもお父さんにも会えないんじゃないか。そんな気がした。

 キィー……キィー……

 泣いて立ち止まった幼い私の耳には、錆びた、嫌な音が聞こえた。
 目をごしごしと擦ってから音が聞こえた方を見ると、そこには小さな公園があった。
 ……怖い。そう思ったけど、独りの方が怖くて、公園に入った。公園にも灯りがある。音でブランコだと分かったから、その灯りを頼りに公園を見て、ブランコの側まで行った。その間も、キィーという音が止まない。
 怖さを振り切るために走って近寄ると、ブランコには子供が座っていた。子供は私と同じくらい。男の子か女の子かは分からなかったけど、子供の全身はぼんやりと見えた。私に気付いているはずなのに、ちっともこっちを見ない。
『ね、ねぇ……』
 無反応。それを怖いとは思わなかった。誰かがいるのは、確かだったから。
 幼い頃は幽霊らしきものも何度か視えて、視るたび怖いと思った私だったけど、その時は別に幽霊でも構わなかった。全然、怖い感じがしなかった。
『ユズね、こっちにおひっこしするんだよ』
 生きているかも分からないその子が、私の話に耳を傾けているのかどうかなんて関係なかった。怖さを紛らわせたくて、話をした。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ