【DS】TEXT

□邂逅
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「くっそおぉ!!!」

 誰もいない、冬の寒さが籠る裏路地で、僕は叫んだ。声はそれなりの音量があるはずだけど、どこか無音と化しているように思えた。
 ついさっき腹が蹴られたせいで、しつこい鈍痛が走る。でもそれ以上に…………


 悔しい……。悔しい……。
(イタイ……。イタイ……。)

悔しい! 悔しい! 悔しい!!
(イタイ! イタイ! イタイ!!)


 いじめられる事はもちろん悔しい。だけど、もっと悔しいのは、……裏切られた事だ。
 いじめる連中はまだいい。元々、アイツらは群がらないと何もできない低能で弱い人間なんだ。救いようのない奴らだと思えばそこまでだ。
 一番許せないのは、僕が助けたアイツだ。僕がいじめのターゲットにされると、手の平を返して奴らに交じって僕をいじめるようになったアイツ。そのくせ、前まで自分をいじめていた奴らには媚び諂う、ちっとも変わらないアイツ。恩を仇で返した……。

 許せない。許さない。許したくない人間。

 ―――いや、ああいう人間は、世の中たくさんいるのかもしれない。今までいじめから庇った人と仲良くなれたのは、僕の運が良かっただけなのかもしれない―――

 なら! ずっとその運が続いてほしかった!! 仲良くなれなくても、また安心した生活を送れるようになるなら、それだけで良かった!! なのに……!!


「イタイの? 大丈夫?」


 突然、肩を叩かれて顔を上げると、誰かが立っていた。そして労わるように、僕に声をかけた。滑らかに地に落ちる、小さく静かだけど、不思議とすんなり聞き取れる声だ。
 マフラーをしているのは分かるけど……逆光のせいで顔がよく見えない。口元もマフラーで隠れている。ただ、僕よりちょっと年下だろう。
「イタイの、やまないね」
 ……何故だろう…………何故、この子は……。
「僕は……痛いなんて、言ってないよ……」
「うん。でも、イタイって聴こえたから」
 この子は、何を言っているんだろう。
 僕は、痛いなんて言っていない。悔しさに任せて叫びはしたけど、それだけだ。それも虚しく空に消えて行った。絶対に、痛いなんて言っていない。
 この子は、何を言っているんだろう。また思う。
「本当にすごく、イタイんだね」
 でも……何を言っているのか、理解できなくてもいい。もっと、声を聴きたい。安心する、優しい声。
 顔も見たい。この逆光が恨めしい。この光が邪魔なんだ!!
「イタイのって、なかなか、なおらないよね……。はい、あげる」
 ぽつりと言葉を零すと、持っていた袋から何かを取り出し、僕の手を取ったかと思うと、手の平に一粒の飴を置いた。手と手が触れ合って、少しだけ手に温かさが戻った。
 あげる、と言っただけで、その子は何も言わずにじーっと僕の目を見ている。……気がする。僕はよく見えないその子の顔と手の平の上の飴を見比べ、飴を口に入れた。
 ……苺ミルクの味だ。飴の甘さが口に広がる。
「それオススメ。美味しい?」
「う、うん……」
 ふうっ、と嬉しそうにした気がした。この逆光さえなければ、どんな顔をしているのか、見えるのに。顔を見せて、とでも言えばいいのか?
 でも、自分から話しすらしづらい。ギスギスした雰囲気だからとかじゃなくて、何故か、この子は自分から踏み入ってはいけないような空気を纏っている。神聖、なのかもしれない。入り込みたくても入れない。

「―――  、何をしている。……行くぞ」

 ―――? 今の、声は?

「ぁ……うん、いま行く」
 振り向いてその子は答えた。いつの間に、いたんだろう。この子の保護者か……?
僕が踏み込みたくても躊躇わずにはいられない領域に、簡単に踏み入って行った人。その人も、顔がよく見えない。
 ……そういえば今、この子の名前を呼んだのか……。右から左に流してしまった。ちゃんと聞けばよかったと、少し後悔する。
「……じゃあね。イタイけど、がんばって」
 少し離れた所に立って待っていた保護者らしき人に駆け寄るとき、その子は僕に優しくそう言った。抱きつきかねない勢いで近寄った姿と、相手も何も言わず頭を撫でている様子を見たところ、すごく大切な人なのかもしれない。
 どうしてかな……あの子の大切な人(だと思う)が、僕のことを見た気がした。視線をどこに寄越しているかなんて、分からないけど。何故か、ぞっとした。

「1人はイタイし、寒いから。早く、帰るんだよ」
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