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□色いろいろカーネーション
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色いろいろカーネーション



「直哉、起きて」

 静かな声と額に乗せられた手の温かさに、ナオヤの意識はゆっくりと浮上する。
 薄く開けた目には、赤い花の一部が映った。
「……叔母さん……」
「大丈夫? 魘されていたのよ」
 ナオヤの叔母はナオヤの頭を優しく撫でながら、右手に持つ赤いカーネーションを幸せそうに見つめた。
「カーネーション……」
「瑞弥さんが気まぐれで買ってきてくれたの」
 どうして花瓶に生けないのだろうかと疑問に思ったナオヤだったが、自分の体勢を見てすぐに気がついた。
「ご、ごめんなさい……」
 自分が膝枕をしてもらっていたから叔母は気遣って動かなかったのだろうと思い、咄嗟にどこうとしたが、叔母が微笑みながら止める。
「頭痛がするんでしょう? 急に動いちゃダメ」
 ナオヤは最近、原因不明の頭痛に悩まされていた。いや、ナオヤ自身は頭痛の正体に気付いていたが、周囲から見れば本当に原因不明のもので、その正体も突飛なものなので話すべきことではないと思い、ただの頭痛と言い張っていた。
 言い張っても、叔母には気付かれている。そんな気がして仕方なかったが。
「カーネーションは、後でちゃんと生けるから。それより……」
 まだ完全に頭痛が治っていないナオヤの頭を自分の膝の上に戻させると、叔母は笑みを濃くする。
「直哉は、この子の名前、何がいい?」
 そう言って、妊婦独特の膨らんだお腹に手を添える。未だ見ぬ胎内の子を、愛おしげに腹越しに撫でている。
「……男の子? 女の子?」
「知らない」
「え?」
 名前を考える材料として性別くらいは知りたかったのだが、そんなナオヤに叔母は首を横に振る。
 あと2ヵ月ほどで出産予定日を迎える叔母が、まさか子供の性別を知らないとは思っていなかったナオヤはやや驚いた表情をする。
「そういうのは、生まれてからのお楽しみ。だから……男の子でも女の子でも通用する名前か、男の子用と女の子用の2つを考えておくか。どっちかにするんだけど……直哉はどんな名前がいい?」
 にこにこと期待する叔母を見上げて、ナオヤは珍しく真剣に悩んだ。
 そんなナオヤを見て何を思ったのか、叔母は本当のことを耳元で囁く。
「実は、女の子の気がするの」
「女の子?」
「そう。でもね、直哉は男の子の方が嬉しいでしょう?」
「…………」
 叔母の言う通り、ナオヤの個人的な気持ちとしては、男の子の方が良いと思っていた。
 それを叔母に見透かされ、居心地悪そうにする。
「いいのよ。私だって男の子の方が良いもの。でも、私だけのお願いじゃ聞いてくれなさそうなの。だから、直哉からもお願いして?」
「お、お願い?」
「ええ。だってお兄ちゃんのお願いだもの。きっと聞いてくれるわ」
『お兄ちゃん』。その一言にナオヤはどきりとした。その一言だけで不思議と心は舞い上がり、しつこく余韻を残していた頭痛がさっと消え去り、頭が覚醒する。
「……男の子が、いい」
 希望を言葉にして、お腹を撫でてみる。
「あ、……動いたわ。もう、やっぱりお兄ちゃんのこと好きなのね」
 羨んだニュアンスを含めた叔母の言葉を聞くと、何となく心がこそばゆくなって、ナオヤはぱっと手を離した。
「直哉、起きたのか?」
 その時、叔父の声が洗面所の方からリビングへと届いた。横になっているナオヤには、すぐ側に来るまで叔父の姿を見ることは出来なかった。
「……あやの」
「うん?」
「恵乃。恵乃がいい」
 ぽつりと零した声に、叔母は反応する。叔父の方は首を傾げている。
 漢字まで考えたナオヤは側にあった紙に『恵』と『乃』の字を並べた。
「この子の名前?」
「うん」
「恵乃、あやの、アヤノ……いいわね。意味もいいし、それに……ふふ。もう、直哉って意外と独占欲強いのね」
 叔母には隠し事をする意味がないということを、再び見透かされたことで理解したナオヤは、諦めて開き直ったように笑う。
 そんな2人に疎外感を感じながら叔父が頭上にいくつも疑問符を浮かべている。
「ねぇ瑞弥さん。この子の名前決めたわ」
「え? 何にするんだ?」
「恵乃。直哉の案よ」
 叔父はようやく話に交じることができた安心感でホッとしながら、『恵乃』という名前を吟味する。
「幸乃と同じ漢字もあるし、意味も良いし、良いと思うけど……女の子みたいじゃないか?」
 性別が分からないため安易に女の子っぽい名前をつけたくないと思ったのか叔父はそう言うが、叔母はすぐさま反論する。
「瑞弥さんの名前だって、他人のこと言えないわ」
「そうかな……」
 う〜んと唸る叔父を見て、どうやら『恵乃』という名前を気に入ったらしい叔母は滅茶苦茶な提案を出し始めた。
「もっと男の子っぽい名前がいいの? なら、亀太郎」
「カメ!?」
「叔母さん……」
 ナオヤも思わずツッコみたくなったが、叔母は間を空けることなく名前を提案する。
「亀太郎も嫌? じゃあ寅太郎」
「トラ……!? いや、何でそんな……」
「仕方ないわ。取って置きの名前を教えてあげる。蜂三郎とか……」
「『恵乃』って名前、すごく素敵だ。子供のためにもマトモな名前を付けてあげようか」
 叔母のあまりにも適当なネーミングの連発に叔父は『恵乃』の名前に賛成した。叔母は一度言うと本当に貫く質なもので、叔父も笑って流す事はできなかった。
 完全にゴリ押しに近い形で勝った叔母は満面の笑みを浮かべている。
「あ、でも画数とかは……」
「そんなの気にしてたら、いい名前なんて付けられないの。満場一致で恵乃に決定」
 性別の次は画数を気にし始めた叔父を制止すると、叔母は右手に持った赤色のカーネーションをひらひらさせる。
「瑞弥さん、名前決定の記念に、写真撮りましょう」
「写真? うん、それは良いな」
 写真撮影の案に快く頷く叔父。ナオヤもひらひら揺らされているカーネーションを見ながら小さく頷いた。
「それじゃあ、土曜に、あの公園で撮りましょう」
「あ」
「今度はなぁに?」
 また何かを気にし始めた叔父に、叔母は微笑みかける。何故か、その笑みからは圧力に似たものが感じられた。
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