【特設】巫子ジュード【部屋】

□巫子も人の子のようです【前】
1ページ/3ページ

 柔らかな黒色。冷たく深いのではなく、温かく穏やかなその黒さに、見る者は自然と安心感を覚える。
 澄んだ琥珀色。その曇りない大地の色は、穢れとは無縁のように透明で、純粋で真摯な印象を与える。
 全体の作りは非常に中性的。身の振る舞い方も端正。目はやや釣り上がっているが、それでも人好きのする少年。
「……よしっ。いける、よね」
 中性的なのは容姿・所作だけではなく、声ものようで。
 少年は小ざっぱりとした狭い空間に、下手をすれば少女だと思われかねない声を響かせ、腰を下ろした。
 座り方は胡坐で、何となしに少女でないことを主張する。……とは言え、胡坐は性別関係なくかくものだから、「気持ち男っぽい」程度の主張だ。


 少年が琥珀色に煌めく両目を閉じ、視覚を遮断する。
 白か黒か分からない闇だけを感じながら、 少年は精神を統一した。
 それは俗に言う瞑想だが、少年はさらにその先へと意識を渡し、周囲に転がる『声』のうち、たった1つの『声』を拾おうとしている。
 暫しの間、何もない状態が続いた。
 密閉された無風の空間。呼吸の音すら微かでほぼ無音。部屋の隅に置かれたこの部屋の光源である4本のロウソクだけが存在感を示していた。
 しかしそのロウソクの灯が徐々に失われていく。
 風が吹いて揺らめくでもなく、水が火を消し去るでもなく、寿命を迎えるでもなく。
 ただ、静かに消えていった。
――― キィィィン…… ―――
 集中するといつも脳に訪れる、耳鳴りのようで全く別モノであるそれにはたと気付き、少年は頭を抱えた。
 先ほどの意識から解放された少年は、意識が途切れてしまったことを残念に思うことなく、頭を押さえたままホッと安堵の息をつく。
 少年に訪れた感覚は、紛れもなく少年に【成功】という事実を伝えたからだ。
「久しぶり、だよね」
 小さな光すら失くした部屋の真ん中、顔を上げた少年は、どこからともなくその場に現れた半透明のそれに微笑みかける。
 それは光を纏っていないのに、闇とはまた異なったその暗さを持っており、確かな存在を知ることができる。
「ええ、本当に……。やっと、喚んだわね。待っていたわ……」
 それもまた微笑で応えると、空中にふわりと浮かび、目の前に片手で円を描いた。
 すると、すぅっと月のような澄んだ球が円に従って現れる。
 それは月を模した僅か発光している球体に、しがみ付くように両腕をかけて、肩から下はぶらぶらと放す姿勢になった。
「相変わらず……自力で浮くのは嫌いなんだね、ルナは」
 少年が『ルナ』と呼んだそれは、月に見る金から始まり先に向かって白、灰、茶のグラデーションがかかった真っ直ぐな髪を揺らし、「だって面倒だもの」と笑った。
 笑う際に細くなる目には、鋭い銀の色を宿している。
 色彩もさることながら老若男女が見惚れるほど美しい女性の美貌を形作っているのに、無造作にぶらぶらと浮いているせいで非常にだらしなく、無精な印象を与える。
「貴方は少し会わないうちにすっかり大きくなったわ。まぁ、いつも見ているけれど」
「……ルナは全然、変わらないね。どうしてそんなにフレンドリーなんだろう?」
 記憶と違わない性格を嬉しく思いながらも首を傾げる少年に、ルナは誇らしげな顔をする。
「だからこそレムより私を選んだのよね?」
「う……。だってレムだと、『他者との約束事を破るおつもりですか』って、言ってくるよ、きっと」
「そうかしら。時と場合によるけれど……レムが面倒なことは変わりないわね。ふふふ、堅物はこういう時に損をするのよ」
 真っ暗な部屋で心を許し合った2人が笑い合う。
 元々、暗くて狭い空間は好きだが、寂しくないのはもっと好きな少年だ。
 そのため少年は初めの意思を忘れかけ、そのまま談笑に耽りたい思いに駆られたが、喚ばれたからには為さねばならない、と優しくルナが口を切った。
「ねぇ、私を喚んだ理由、貴方の口から直接聞かせてもらえるかしら? 折角、喚ばれたのよ。お役に立たなきゃ、悲しいわ」
「…………。あ……うん。そうだね……」
 役に立ちたいという気持ちをちらりと見せられ、少年は蔑ろにできるはずがない。
 その様子をしっかりと観察していたルナは、安心させたい一心で、齢15の少年に向かって声穏やかに提案した。
「貴方の当初の目的が終わり次第、お話ならいくらでも出来るわ。貴方のしたいことは、時間制限だってあるでしょう? 早く済ませましょう?」
「……うん。ルナ……、僕、モン高原に行きたいんだ」
「モン高原」
 ルナが少年の口から出た単語を繰り返した。少しだけ、渋い表情だ。
「悟られないように行きたいのね? その理由は?」
「……鎮静効果の高いハーブを、採りたい。でもモン高原なんて、街だってなかなか行かせてもらえないのに、まず許可が下りないし……」
 ルナは静かに、そうね、と相槌を打った。
 モン高原の場所は現在地からそう遠くはない。目的の物が見つかるかはさておき、チャレンジするだけなら難題と言うほどでもない。
 しかし少年は理不尽な事情により、モン高原どころか、街へ出ることすら滅多に叶わない。

 ―――この、現ア・ジュール王が御座す城から出るなど。

 故に無理難題である。
 少年には、「街に出たい」「高原に行きたい」と言って、簡単に付き合ってくれる人などいない。
 心配し、守ってくれる人はいても、それが災いしてなかなか自由を許してもらえない。例えありつけてもそれまでに時間がかかるし、厳しく見守られる。
 これが自分が慕う人の守り方だと理解していても、全く不満を抱くなというのは無茶な話。
「だから、精霊の力を借りたいんだ。気配を消すとか、そういうのでいい。とにかく気付かれないように、行って、見つけたい」
「そう、……解った。久々に力を揮うわ。まずはモン高原までひとっ飛び。次に貴方の邪魔をする輩は恐怖させる? 混乱させる? それとも殲滅しようかしら」
 精霊ルナの答えは早かった。
 単なる好奇心による理由なら、もう少し考えたかもしれない。
 だが今の少年は、聞いた目的からして、誰かの身を案じているに違いない。
 そして約束を破ればどれほど厳しくされるかも分からないのに、精霊を頼ってまで行いたいということは、それだけ大切な人に関わることだろう。
 そこまで察したルナには、渋る思いも断る考えもなかった。
「ホント……? ありがと! ……でも、殲滅はしなくていいよ」
「あらあら、遠慮しなくてもいいのに……。ふふ、それじゃあ、マナは先払いしてもらうわ」
「うんっ」
 笑顔を咲かせて頷いた少年はすくっと立ち上がり、ルナの両手を握る。
 精神を研ぎ澄ませ、手を伝って対価であるマナを注いでいく。2人を繋ぐ手は温かな光に包まれた。
「……あぁ、本当に貴方のマナは……」
 うっとりと呟く精霊の言葉の意味を知らないまま、少年は直接使役のためマナを与えた。
 精霊に己のマナを褒められることが当たり前となった少年には深く訊ねる気などなく、精霊もまた語ろうとはしない。
 マナを注がれたルナは両腕で球体にぎゅっと寄りかかったまま、行くわよ、と笑って空間を歪ませた。



巫女も人の子のようです
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ