夢幻紳士
□帝都の怪
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夢幻紳士はわらうのだ。
帝都の妖しさを魅せつけられる時間帯になった。まともな店の灯りは全て消え去り、そうではない店の灯りが点る。ああでも、今はそんな気分ではないの。憧れの帝都。友人と旅行で訪れただけのこの身はもっと素晴らしいものとの出逢いを望んでいた。
怪人とやらを。
化け物とやらを。
人に巣食う狂気とやらを。
怪異を我が身にお与え下さい。
そのとき男と目が合った。
にやり、と。
色男は艶めかせた。
危険な香りがしたと言えばその通り。恋に堕ちたのかと問われればある種その通り。手招きされるがままに怪しい男の方に歩みが進む私。
だがあっけなくそれも幕を閉じた。
この肩を掴む手は一体どこのどいつだか一目見なければ、文句を垂れなければ気が済まない。どうして手を置いた?どうして私を止めた?どうして行かせてくれなかった?邪魔しやがって。
「お嬢さんここいらは貴女には少しばかり危ない」
お節介だと云うのだそれが。
切れ長の目が印象的なやけに美しい男が肩を掴んだまま言った。
「私が子供だと仰るのですか?失礼な。止めないで下さい」
思わず感情的に言い返すと、その男は困ったような表情を浮かべて笑った。
「そうは言わない。ただ好奇心だけじゃ駄目なんだ」
「な、好奇心…」
「取って食われて、翌朝にゃ変死体がひとつ出来上がるだけさ」
そう言うと人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべてその男は私の手をひいて歩き出した。ほとんど口を挟む隙が無かった。なんだか良いように丸めこまれている気がして遅れて悔しさが込み上げる。
「…どこへ連れて行くつもりです」
悔し紛れに前を歩く男に声をかけると、男は前を向いたまま応えた。
「これから暇なんでしょう?だから付き合ってもらう」
「付き合うって…」
私が暇であることは既にわかりきっているかの様に良い放ったこの男の強引さに呆気にとられていると不意に男が振り向いた。
「子供じゃない、のだろう」
振り返った目はぎらぎらと、魅せるように誘うように、そして試すように私を見た。ぞくり、と震えが背筋を撫で上げ私はやっとそのとき気付いた。
歓喜に変わる震えを気付かれただろうか?いや、そんなこと気づかれようがまいが関係ない。
ようやく異形の者に逢えたのなら私はこの身を差し出すことぐらい何の苦でもないのだから。
(帝都の怪)