宝物庫

□くちびるにあなたを
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「ああそうだ、ガイ。私、明日からいなくなりますから」
「は?」

いつものように、ぶうさぎの散歩の後にジェイドの仕事を手伝っていたガイは、恋人から突然告げられた事に対して、咄嗟に二の句が継げなかった。

「ルグニカ平野で大規模な演習を行うんです。町の近辺の魔物退治も兼ねてですが」
「ああ、なんだ。仕事でいなくなるってことか」
「おや、私がどこかへ行ってしまうとでも思ったんですか?あなたを残して?」
後半に甘い響きを込めてジェイドが言うと、ガイの頬にうっすらと朱がさした。
「あんたが最初から全部説明しないからだろ…」
どう考えてもガイの方が正論だが、ガイの反論は言い訳がましくなってしまった。きっと照れ隠しだからだろう。ジェイドもそれに気が付き、目を三日月のように細めて笑みを深くした。
「寂しくっても泣いたりしないで下さいね」
にっこりと極上の笑顔で、小さな子供に言い聞かせるようなジェイドの言葉に、ガイは勢いよく泣くわけないだろ!と言い返したのだった。



それから3週間後。
「あと1週間か…」
ガイはカレンダーを眺めて無意識にそう呟いた。呟いてから、自分がそれを口に出していたことに気付き、何を言ってるんだと自分を叱咤したくなる。
演習は1ヶ月程の予定だと聞いた。たった1ヶ月だ。大した期間じゃないと、そう思っていた。
けれども、ジェイドがいなくなって1週間を過ぎた頃から、ガイは日常にもの足りなさを感じるようになった。

ガイとジェイドの仲は、親しい者にはほぼ公認となっていて、ジェイドは毎日のようにガイの屋敷に泊まりに来ていた。半同棲状態と言っても差し支えないだろう。
最初は違和感だった。
ジェイドが帰って来るのを待たずに眠ることが。
2人で使っていたベッドで1人で眠りにつくことが。
それが寂しさに変わったのは、朝起きて隣にジェイドがいないと気付いたときだった。
けれど1日目は全然平気だったのだ。むしろ寂しいと思ってしまった自分を笑ってしまったくらいだったのに。

1週間が過ぎると、ガイの中で少しずつ寂しさが募ってきた。
けれどそれは当たり前の範囲だった。好きな相手に会いたいと思うのは当たり前だ。以前にも1週間程ジェイドが留守だったことがあり、そのときもこんな気持ちだったな、とガイは思ったのだった。

けれども、日を追う毎に寂しさは膨れ上がるばかりで、もてあます感情に悩まされることになった。
グランコクマにはジェイドとの思い出が山ほどあって、どこで何をしていてもジェイドのことを考えてしまうから、尚更。
早く帰ってこい、と考えることが多くなった。
それから、変化はもうひとつ。



ガイは無意識に唇を噛むことが多くなった。
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