お話

□18年と一夜物語
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「鏡花ちゃん、もうそろそろ帰ろうか、」

促す敦に鏡花は頷き、
鏡花には少し大きい椅子から
立ち、帰る支度をする

「手…」

そう云って小さな手を
出してくる鏡花に対し、
たどたどしくなる敦

「えっ、いゃぁ解ったよ、」

そっと出す敦の左手を
鏡花が右手でぎゅっとつかむ、

ふと、敦が嬉しそうな顔をしていたのを
鏡花は見逃さなかった、

「どうかしたの?」

鏡花の一言でハッと我に帰る敦、

「い、いやぁ、昔のことを
思い出してね、」

照れくさそうに繋いでいる手と
反対の手の人差し指で頬を掻く敦

「どんな事?」

鏡花が興味深そうに聞いてくる、

「あんまり聞いてても
面白くないかもしれないよ、」

「敦の事もっと知りたいから教えて、」

鏡花の真っ直ぐな目に
敦は夕焼けを見ながら
経緯を説明した、

「僕が孤児院出っていうことは
知ってるとおもうんだけど、
其処の孤児院で僕は人外だとか、
色々言われたりされたりしたんだ、
け、けどさ、まあ、
自分の正体をよく知らなかった僕が
実際悪かったわけだから
仕方ないんだ、」

心配そうな目で
こっちを見てくる鏡花、

「大丈夫、探偵社と出会った今は違う、
それに…あれは僕にとって日常で、
生活の一部だと認識してたから、
悲しいことは本当にないも
無かったんだ、」

そんな敦の無理のない笑顔をみて、
鏡花も良かったと云って微笑んだ、

「それに僕の孤児院には
門限があって、
門限以降に帰って来ても
追い返されるから
その一晩野宿しなきゃ
いけなかったんだ、
ある日僕は門限を超えて
一人で、恥ずかしい話、
泣きながら、孤児院の廻りを
さまよってたんだ、」




そう、あの日僕は雨の中、
孤児院の廻りをぐるぐると
さまよっていた、

何が出てくるか分からない草木、

孤児院の中から匂ってくる
僕の今日の晩御飯になるはず
だったカレーの香り、

ふと、見た建物の鉄格から
前髪の妙に長い少女が覗いている、

「君は、中島敦君だね?」

「えっ、あ、はい、君は…」

思わず拍子抜けな返事を
してしまった、

「まあ、そんな所に居るのも
なんだ、ほらっ、手を貸すから、
入ってきたまえ、」

少女の手をおどけながらも取り、
中に入る、

あの時に感じた彼女の手の温もりは
未だに忘れていない

「ほら、カレーだ、食べるといい、」

湯気を立ち込めさせながら
共に匂いも僕を襲いかけてくる、

その夜、
僕とその子はそのまま、

その倉庫のような部屋で
一晩を過ごした、

翌日起きると彼女は隣で
よだれを垂らしながら寝ていた、

そんな彼女を見ながら
僕は孤児院の人たちが
居ないか神経をうんと尖らせていた、

スッ

「うわぁ!」

僕は後ろからの不意打ちに
僕はビックリしてしまった、

「まあまあ、そうビックリしないで、
取りあえず外に出ようか、」

コッソリ外にでて
2人で色んな事を話した、

好きなものから最近知ったこと、

自分を置いていった家族の事…
彼女の髪を切ってあげたりもした、

「私も敦にする!」

といった彼女が
僕の前髪を切るといって
斜めに切ってきた時は
正直泣きかけた、

そんな事をしているうちに
通り雨が降ってきた、

ザァァ

雨の中、
僕は不意に彼女にに問いかけた、

「もしも僕と君が本当の家族
だったらもっと幸せだったかな?」

彼女は想像したのだろうか、

兄弟で遊ぶ事を、食事をする事を、
遠くへ行って、
色んなことを知ることを、

彼女はニィッと明るい笑顔を見せ
言った

「今、幸せなのなら良いじゃない、」

晴れゆく空、

灰色の幕に覆われていた
海のような空が
微かに見えてきた、


「一緒に帰ろう」


暖かな手に捕まれた僕の腕、



…一緒に帰ったあの出来事は、
僕にとって
あの思い出は唯一の良い思い出。

「その子は今も孤児院に?」

鏡花は話に興味を持ったらしく
その後の事を聞いてきた、

「その後直ぐに里親に
引き取られちゃって、」

何度も会いに行こうとしたんだけど…
結局どこに行ったのか、
今何をして何を考えているのかも
解らないままだ、

「会いたくないの?」

会いたくない、
と言ったら嘘になるただ…

もし今、昔とは違う、
もうコドモじゃ無い彼女に会って
今の暮らしの事を話したら。

彼女は何と云うだろう?

その事を考えながら、
敦は手を伸ばし言う

「一緒に帰ろ。」

ただ今、探偵社という
暖かな夕焼けに吸い込まれていった
彼にとってのかけがえのない

幸せ、

平和、

其れを大切にしたいから

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