今日は何の日?(小説)

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夏の閑々照りから早一変、

少し暖かな日差しに

街は寒さから今にも

白い息を吐きそうだった、


ふと想い出す、

あの人と初めて遭ったのも、

今日のような日だった、


私はあの時途方に暮れていた、

暴力の絶えない

薄気味の悪い我が家を飛び出し、

決して中二病とかではないが

愛を求めていた、

愛をくれる人を、分け合える人を

少なくとも愛は良いものだ

という事を私は理解していたから

私がショーケース越しに見る

彩り豊かな衣装や、

食べ物に対する物は

愛が歪んだ欲だと思っているから、

ふと一人の男と肩をぶつけ

私は反動で地面に転がった、 

少し痛みが引いてから

立ち上がろうと手を地にかけ

私とぶつかった相手を確認する

「居ない…」

確かに人物は居たはず、

ぱっと後ろを振り向くと、男が二、三人

どうやら普通の通行人ではないよう、

下心丸出しで私に近づく、

舌打ちしてその場を立ち去ろうと

素早く立ち上がり走ろうとする、

「うぐっ…」

足を捻ったようだ、

一人の男が私の首根っこを掴み

後の二人がそれぞれ両腕を掴む

一人の男が云う

「コイツは久々の娘だ、
連れてったらそこそこ高く売れる、
行くぞ」

抵抗はしない、

抵抗したところで

愛を貰える訳では無いから

貰えるのは痛み暴力、

そんな物は十分だ、

目隠しをされ、

手錠を後ろ向きに、はめられる

身体が宙に浮く、

一人の主格と思しき男が

通りに人がいないか確認し、

後の二人に伝えその二人が

私の身体を頭と脚

それぞれを、持ち上げている、

主格と思しき男の声が止む

脚と頭を持ち上げていた男達が異変に気づき私を冷たい地面に下ろす


「うわっ!」

「あぐっ!」

それぞれ二つ別々の声がして残ったのは、

靴音、カツカツと、響きの善い、

目隠しを解かれ、手錠を外される

私は手錠が当たって痛かった手首を

少しさすりながら人影、

いえ、夏目さんを見たの、

丸帽子の口髭の夏目さん、

心配そうに己のステッキを見ていた

「どうも。」

そんな夏目さんになりふり構わず

御礼を言ってその場を立ち去ろうとする

「うぐっ」

忘れてた、

そう思ったときには地面に

頭からずっこけていた、

夏目さんが気づき声をかける

「ああ、大丈夫かい?
いやぁ、さっきね君にぶつかってしまったのだがお怪我は?してるか、アハハハ」

口髭をひきつらせ、

夜の冷ややかさには合わない

暖かな笑い声だった、

私は思ったこの人には愛が溢れていると

しかし、何に対する愛か、

私には解らなかった

私は夏目さんの愛の正体を知るために

夏目さんの対応を見ていた

「此の町は好きかね?」

ん?

何とも的外れな言葉を吐く、

が、

此の町か

此の町ねぇ、

私は少し考える

「此の町で私は生まれ育ちました、外に出て少しでると油断したときにはさっきみたいに、連れ去り売られるか、殺されるか、」

夏目さんはニコニコ笑って聞いてくれてた

「でも、良い街です、少なくとも家にいるよりは、海も綺麗だし、ウィンドウショッピングする分には街も其処まで悪くありませんし、何より愛が溢れているように私には見えます」

うっすらと明るい街灯を私は見上げた

「愛があふれているように見えるといったね?君は愛が足りないのか?」

私は小さくこくりと頷く

夏目さん、

少し悩んで私に言ってくれたなぁ、

「君も来るかい?」

私は夏目さんの手を取った



その後はずっと夏目さんの後を

ついていった、

驚くことも、

面白いことも、

恐ろしいことも、

あった、けど、全て楽しかった

貴方は、夏目さんは私の前から消えた、

死ぬ前に猫が主人の前から消え去るように

彼は猫じゃない、


解ってる

解ってる、だから

今日もあの人を待っている、

羊羹をテーブルに乗せて、







夏目漱石命日

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